旅を続けて数日。
その数日だけでいつも同じだった人間が変わったように見えた。
・・・リッド―。


〜木を家とする町 モルル〜


「な・・・なんだ?あれ」

街を知らないリッドだからそう思うのも無理ない。
目に映った自然。まずラシュアンにはない。
奥までずっと続く湖。その中心にある巨大な大木。

「あの木が、モルルさ。」

「はぁ!?・・・どうみても村に見えないんだが。」

遠くの木の根に目を凝らしてみても、家らしきものは見当たらない。
分かることは、見えるのは全て木。
それだけだ。

「それに、どーやって、あんなとこまでいくんだ、泳ぎか?」

と、言ったものの、
この湖から、あの木まで半径1キロくらいあるだろう。
流石にそこまではリッドでも確実に泳げる気がしなかった。

「どうやってって・・・船に決まってるじゃないか。」

そ、そんなもんあったのかよ・・・。
完全にリッドの気苦労になった。
それでもなぜかキール一人に任せたくない変な気持ちがあった。

「んで・・・これ?」

指しながら不満そうな顔でキールを向く。
置いてあった船は、ただの木の船。
それも、だいぶ使われてきたか、変色している。

「これしか行く手段はないんだ。我慢しろ。」

一人が乗るたびにギシギシ、と不安な音が出る。
よく考えると、今までよく耐えてきたと、不思議な気持ちにもなってくる。
今更そんな事考えても意味はないけど。



昔もこんなことあったな―。
リッドとキールと私が小さい頃、ラシュアンの外れにあった池で船を作って乗ったこと。
あのときは・・・
作った小船に乗ろうとしたとき、キールが怖いって言ってたっけ。
そう思うと、大きくなったな。
それ以上にリッドも大きくなってるけど。



暫く黙っている間に、いつの間にか目の前に巨大な木が見えた。
誰もが大きいと呟いてしまう程の大きさだ。
木の根辺りに、とりあえず船を止めた。

「おいおい・・・どう見ても村なんて見当たんねーぞ?」

辺りを見回すが、家どころか人一人もいない。
それでも、何隻か船が止まっている。

「こんな低い所を拠点にしたら、津波ですぐに壊滅するだろ。村はもっと上だ。」

言い方はムカツクけど、言われると確かにそうだと思うことばかりだ。
流石に言われ方にも少し慣れたような気がする。
それでも何かがハッキリしない。

村は、やっぱりと思うかのように、人は少ない。
家も木のつたによって屋根が包まれている。
ラシュアンより、田舎な村があるとは思ってもいなかった。
村自体が森のようだ。

「キールさん。ここになにしに来たです?」

「あぁ、マゼット博士に会うためにきた。」

誰だそれ?―。
心の中で軽く呟いた。

聞いていくところ、その博士は元大学の先生だったらしい。
意味分かんないけど、キールと同じく学校から抜けたって・・・。
抜けるんなら入らなきゃいいってのに。

話しているうちに、博士の家についた。
その辺りにある家よりは大きいが、屋根は木のつたで埋まっている。
どの家も自然と一緒に生きている。

「博士!」

ドンッ!、と扉を開けた。
キールの体の隙間から見えた家の中は変わった感じだ。
奥にいるのが、マゼット博士。

「おぉ、久しぶりだな、キール。」

「博士、早速ですが・・・」

と、いきなりのように、話を進める。
次の言葉を言おうとした瞬間、マゼットが軽くキールの頭を触れる。
いつも、止められない口が止まった。

「分かっておる。来るときは、用事があるときだからな。でも少しはゆっくりしなさい。」

「あ・・・はい・・・」



一刻ほどの時間が過ぎた。
ゆっくりとこれまでの経緯を話した。
でも、リッドだけが知っている、メルディ、コリーナの事は言わなかった。

「セレスティア人・・・メルニクス語・・・」

「なにか、通話する方法はないですか?」

その聞く姿は真剣。
でも、キールの場合は、協力しているのか、ただ知りたいだけのか分からない。
それでもこの旅に手伝ってくれているのはうれしい。

「それなら・・・ちょっとまっておれ。」

そう言うと立ち上がり、タンスを探る。
その中から出てくるのが、メルディとの通話の鍵だと考えると、ついに話せると嬉しさが沸き上げてくる。
硬く、開けなかった扉の鍵がやっと。

今思うと、この数日は短いけど、充実しすぎている日々。
やっと話せる、やっとなぜここに来た目的が聞ける。
なにより・・・一緒に楽しめる。

「ほれ、これじゃ。」

手にあったものは黄色のピアスが5つ。
普通のピアスだと思って、少し期待はずれになった。
でも、

「これは、オージェのピアス?」

オージェのピアス?―
予想はしていたが、知らない言葉が出てくる。

「・・・そうか・・・メルニクス語か!確かに、これでうまく行けば、通話か可能だ。」

「ホント!?」

うまくいけば。
そんな言葉など無視して、素直に喜んだ。

4人は、少し戸惑いながらもピアスをつける。
皆つけるのは初めてだ。
その動きに合わせるかのように、メルディもつけた。

「これでよし。ね、メルディ!私の言葉がわかる!?分かったら返事して♪」

もうすぐ、本当に―。
うれしさでいっぱいだった。
少し戸惑いながらも、メルディも口をあけた。

・・・パアエティ?

「・・・え?」

予想とは、全く違う答え。
喋っている言葉はメルニクス語。そのまま。
何から話そうか、と思ってた事が全て頭の中から消え去った気がした。
唖然とするかない。

「おいおい、どーなってんだ?」

そういって、キールに目がいく。
その視線をごまかすかのように、

「だから言っただろ。多分だって。」

この方法じゃ無理なのか。
誰だってそう思った。
実際、会話も全く出来ない。通じ合えない。
それでも、

「ねぇ、メルディ!本当に分かり合えないの!?」

メルディの肩を掴んで、正直に訴えた。
1%でも、可能性があるなら、できる限りにやってみる。
昔からの癖。諦めが悪い。
暫く、無言な時が流れた。
流石に無理かと思ったか、メルディとの目線を反らす。

「ファラ・・・」

インフェリアで覚えた数少ない言葉。いや、名前。
更に暫くして、口をあけた。

―・・・ファラだいじょーぶか?
インフェリア語。
この声は、女の子の声だけど、コリーナの声じゃない・・・。
・・・
もしかして―。

もう一度二人の目線が触れ合う。
そして、メルディの冷たいオージェのピアスに震えながら触れた。

「・・・メルディ。やっと・・・やっと・・・」

次の声を言おうとしたとき。
涙が出てきた。口が開きづらい。
でも、想いは一つ。
うれしい―。

「・・・ファラ?大丈夫かよ、言葉が通じないからって、そこまで泣く必要は・・・

そのリッドの言葉に、ファラは目の色を変えた。
涙を腕で拭き取り、いつもの顔に戻る。

「何言ってるの、リッド?今メルディが・・・」

「え?・・・俺にはメルニクス語にしか、聞こえなかったんだが・・・」

その一言に、辺りが急に静かになった。






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