町に入った瞬間、変な感覚がした―。

二人は始めての大都市に少し興奮する。辺りは白衣を着たリッドと同じくらいの歳の人がうろつき、建物はラシュアンでは見たこと無い物だらけであった。
ミンツは確かに大きい。しかし、それにも辺りの森林を犠牲にしている。ラシュアンに住んでいたリッドにとって、森林がない町が嫌いだった。森林だけでなく、将来を・・・そして全てを捨ててるような気がして・・・。

「ファラ・・・キールは一体どこにいるんだ?」

声が少し低く感じた。
いつものリッドなら、声が低い時は少し怒っている時・・・。まさにその通りだったのかも知れない。
昔、3人が遊んでた時も、その時はドジばかりするキールにばかりファラが寄って来て、リッドには全く向いてくれないというときもあった。その時の声に似ている。

「キールは・・・え〜っと・・・ミンツ大学だね。」

ファラはちょっと辺りを気にするかのように見回して、メモのような紙を開いた。その紙は、10年前のキールの手紙だった。

ファラへ―
僕、実は今度ミンツに行くことになったんだ。
将来は、絶対に学士になるんだ。
学士になったくらいの時、ミンツに来てね。
ミンツの地図貼っておくから。
(中略)

後・・・
リッドには・・・この手紙内緒にしてよ。
・・・絶対秘密にしてよ!
           キール


「・・・キール・・・地図使うね・・・」

昔のキールの言葉。でも、それは今でもキールの言葉。
それは変わらないはず。・・・地図も・・・。

「・・・ファラ・・・何読んでんだ?」

声がやっぱりまだ暗い。
嫌いな場所の上に、待たされては、やっぱり戻るはずがなかった。

「う・・・ううん、なんでもないよ!」

そう言って、さりげなくポケットに紙を入れる。
軽く、笑うように何もないとごまかす時、ファラが何か隠してる証拠だ。
リッドはそう分かっていても、本人には伝えなかった。今までずっと・・・。
そして、知らず知らずにファラが持ってたボロボロの地図を見て、何か違和感が感じる。
書いてあったのは、さりげない×印の場所・・・。そう、その場所はミンツ大学であった。
―キールめ・・・
リッドは軽く笑い、お前らしいと思った。
昔からドジであると同時に、少し几帳面な所もあったので、すぐに分かった。

「え〜っと・・・確かこの辺りにミンツ大学が・・・」

地図と外の風景を見ながら、少しずつ歩いて行く。
しかし、10年前の地図なので、違っている所もあった。

「この角を曲がれば、見えるはず・・・きゃっ!」

角を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。
お互いがドスッ、っと音をして地面の尻をつく。

「もぉ〜・・・何やってるの〜?」

「ゴメンゴメン・・・ちょっと焦ってて・・・」

薄いピンク色の髪をした少女が、赤いハチマキにマントをした男の子に手を出す。
そして、数秒程度二人が話し、その姿を3人は少し見ていた。

「それにしても、ファラにしちゃぁ、珍しい事故だな・・・」

リッドはそう言ったが、ファラは少しスネるかのように無視した。

「ゴメン、ちょっと急いでたもので・・・」

そう言って、男の子が地面に尻をついているファラに手を出す。
自分の服を手でバサッ、と叩いて、砂を落とす。

「何で急いでるんですか?」

ファラが、立たせて貰った後、即座に楽しそうに質問した。
―もしかして・・・。
リッドは、メルディの事を背負ってるのに、まだ何か手伝うつもりなのだろうかと、少し心配していた。

「ちょっと、知り合いを探しててね〜♪この時空の・・・ふごっ」

その先を言葉を言おうとした少女が男の子に口を封じられた。
そして、封じたまま、後ろを向いてこそこそと話す。

「この世界で、それ言うのはヤメてくれよ。こっちが困るんだから・・・」

「えへへ〜・・・口が滑りかけた〜。」

そして、また前に向いて、男の子が軽く頭を下げた。
その姿に何故かファラも頭を下げる・・・。

「本当に、ぶつかってスイマセンでした!・・・え〜っと・・・ファラさん!」

「いえいえ・・・こっちも地図見てたし・・・え〜っと・・・名前は・・・?」

「僕の名前はクレス。それじゃぁ、また会いましょう。アーチェ、頼むよ。」

「まっかせてよ〜♪」

アーチェが持っていた剣を持ち上げると、いきなり二人の空間だけ歪んだ。
いきなり歪んだので、3人は驚き、呆然と二人が消える瞬間まで見ていた。

「・・・なんなんだろ・・・いまの・・・」

「・・・さぁな・・・、さっさとキールの場所に行こうぜ」


ミンツ大学。
町の風景とはまた一段と違った風景が見えた。
学校まで道路のような長い道のりが見えて、奥に大きな建物がある。

「でっか〜い!流石有名大学だよね〜!」

有名大学―
響き的にはいいかも知れない。
でも、リッドは何か味気ないと思った。
普通の人が聞いたら、いいのかも知れないけど、リッドには全くそうは思えなかった。

「・・・あぁ・・・さっさとキールに会おうぜ・・・」

学校までの長く、広い道のりを進む。
1歩1歩がかなり遠く感じる。こんな道 ラシュアンでは通ったことがないから。
心境の中が少し曇ったように思えた。

そして、ガラガラ、と扉を開ける。

「・・・何のようでしょう・・・」

目の前に受付があり、逆光メガネをかけた人が一人。
逆光なのか、少し怖そうな印象があった。

「え〜っと・・・キール・ツァイベルに会いたいんですけど・・・」

そんなことなど気にせず、ファラが答える。
こういうとき、ファラのような性格の人がいてよかったと思える時。

「キール・・・その人とはどのような関係で?」

「それは、幼馴染み・・・ぶごっ」

家族です!お父さんが交通事故で倒れたんです!

リッドが幼馴染みと正直に言おうとしたら、ファラが口を塞がせ、無理やりな設定にした。
これじゃぁ、さっきぶつかった人達と同じだ。
この性格の難点は、強情な所かも知れない。

「承知しました・・・検索します」

受付の人が検索を始めた瞬間、ファラがリッドに親指を立てた。
無理やりだけど、とりあえずこれでもよかったな・・・とリッドは思った。
昔から変わらないなぁ―。

「キール・ツァイベル 晶霊全般研究室 No00467 ですね」

「晶霊全般・・・キール、全部の晶霊扱ってるんだぁ・・・」

ファラはそう感心していた。
しかし、後ろでリッドは複雑そうな顔をしていた。

「なぁ・・・晶霊ってなんだ?」

え?―
その言葉にファラも受付の人も口が止まる・・・。
辺りを通っていた学生達は動きも止まった。
皆の視線がリッドに集まる・・・。

「・・・もしかして・・・言ったら・・・いけなかったか?」

ファラは哀訴が尽きたように髪をグシャ、っと触り、リッドを見た。

「晶霊を今時知らないって・・・」

やっぱり、視線は冷たかった。
軽く頬を赤らめて、リッドが顔をポリポリ、と人差し指で掻いた。

「う・・・うるせぇなぁ・・・腹がふくれない物には興味ねぇんだよ・・・」

「・・・まぁ、いずれ分かるから・・・。奥・・・行こ。」



「キール〜!」

晶霊全般研究室の前でドンドン、と扉を叩きながら、キールを呼んだ。
しかし、反応が無い。中ではドカドカ、とうるさい音がしているのに・・・。

「ファラ・・・やっぱり勉強の邪魔じゃねぇか?」

勉強中・・・。そう考えると反応しないのもわかる。

「そんなこと言ったって、こっちだって急用じゃな〜い!」

急用なのか?、とリッドには疑問が湧いた。
そして、そのファラの声は廊下全域に響いた。
扉には鍵が掛かっていなかったのに気づいたのでファラがガチャ、と開ける。

「入っていいのかよ・・・」

流石に邪魔になると思って、リッドは少し中に入る気が引けた。
しかし、ファラが無理やり腕を引いて、中に無理やり入れ込んだ。
晶霊全般研究室。
中は目の前に机があり、その上には全く3人には分からない事がかかれているノートが数冊。
部屋の壁際には巨大な機械がある。どうやら、この機械に晶霊が大量に入ってるらしい。
簡単に言えば、大きなクレーメルケイジ。

「ふ〜ん・・・いろいろあるんだなぁ・・・クレーメルケイジだぁ?・・・」

リッドが机の上にあったクレーメルケイジを手に取る。
クレーメルケイジの見た目はただの小さな変わった形の水晶のような物だ。中には赤色の渦巻く物が入っている。
この中には炎の晶霊が入ってるようだ。
メルディも、いつの間にかクレーメルケイジを持っていた。
ずっと背負っていて、手では届かない場所にクレーメルケイジがあったのに・・・。

中の人達は忙しそうに部屋をうろつく。
ここまで忙しそうならば、話し掛けようにも、リッドは気が引けた。

「キール〜! いる〜!?」

全く忙しいとか関係なしに叫んだ。
その声を聞いた瞬間、うろついていた人達の動きが一瞬止まった。
しかし、すぐに作業に戻る。

「き・・・キールなら・・・」

中にいた人の一人が重い口を開けて、ゆっくり近づいてきた。

「今、キールはミンツ大学には居ないよ・・・」

その言葉を聞いて、二人は少し唖然とする・・・。
昔の手紙に書いてあった事が裏切られた気分だった。暫く、そこで言葉を失う。

その時、いきなり機械が暴走を始めた。
機械と言うより、晶霊がいきなり慌しくなっている。

「な・・・なんだ?」

「しょ・・・晶霊値が異常を表しています!!!このままでは・・・爆発します!」

中の人達が更に慌しくなる。
その暴走の音を聞いて、誰かがいそいそと入ってきた。

「こ・・・校長先生・・・」

慌しい状態も、校長が入ってきて、一瞬で止まる。
校長は部屋全域を見て廻り、皆の背筋が冷える感覚がする・・・。
聞こえるのは機械の暴走の音だけ。

「誰ですか?この暴走の原因は・・・」

その言葉を聞いた瞬間、生徒達は3人を指差した。
それもそうだ。来るまでは過去幾度1回も暴走がしたことがないからだ。
そして、校長がリッド達の目の前に立つ。

「貴方達が原因なのですかね?」

ぐいぐい、と校長が言葉で押して来る。
違う意味でリッドには恐れる存在となっているかも知れない。

「俺ら・・・かもしんないけど・・・違う可能性も・・・」

「言い訳してはいけませんよ。誰か、この人を追い出してきてください。」

何が起こったかもよく分からない3人だったが、何故か否定はしなかった。いや、校長のせいで出来なかったというかもしれない。
3人に寄って来たのは170センチくらいの普通の男の子がやってきた。

「こっそり、違う部屋で話そうか」

その男の子がリッドの耳でこそこそと言った。
話すことを今はそこまで拒む意味が無かったので、首を縦に振った。
そして、3人は追い出される振りをして、部屋を出た。入り口に行かず、違う部屋に入った。

「ゴメンね。あの校長は短気なんだよ。でもすぐに忘れちゃうけどね」

場を和ますために、校長の短所を言って、少しばかりの笑いを取る。

「それより・・・キールがこの大学にいないのは本当なの!?」

今 ハッ、と思い出したように口を開いた。
その言葉のせいか、今さっき場を和ましたのに、また少し暗くなった。

「うん・・・噂では全てを支配する晶霊とかに手を出してるとか・・・」

全てを支配する晶霊?―。
それは、晶霊技術者の中では統括晶霊と呼ばれている。統括晶霊を知ってるの少数だけだ。
統括晶霊は光と闇。
光・・・言うならばインフェリアの統括晶霊レムの存在は確認はされている。しかし、闇は全くの不明だ。
レムの最終確認は今から15年前・・・。
完全に不明の晶霊・・・本当に晶霊なのかも分からない。

「キールが・・・そんな事を?」

場が更に重く感じた。重圧で潰れそうだ。
ファラは理解をしていたが、リッドは全く理解は出来ない。まだ知らない事だらけなのが、こういう時だけいいのかもしれない。

「とりあえず、今キールがどこにいるか知らねぇか?」

話をごまかすために、話を変える。
ちょっと無理やりだったかも知れないが、少しはごまかせたと思う。

「キールは確か・・・」

「ルンエバ〜・・・ ドゥイ スティウルル?」

メルディが久々に口を開けた。
ずっと背負ってて、暇そうにしていたから、口が出るのも無理はない。
そして、リッドが何となくメルディをそこにあった机に座らせる。
背負っていた疲れが貯まっていたのか、軽く体を伸ばす。
その作業をしている間、男の子が口を軽く開けて呆然とメルディを見ていた。

「その子・・・一体何者なんだい?」

何者か―。
そんなのはリッド達も知らないため、首を横に振り、知らないと答えた。
暫く男の子が頭に手を当てて考える・・・。

「もしかして・・・その子・・・晶霊術に使われるメルニクス語じゃないか?」

え?―。
メルニクス語とは、晶霊術に使われる言葉。
なぜ、晶霊術がメルニクス語か。それは晶霊が喋る言葉もメルニクス語だからだ。
この言葉については2000年前に途絶えている。
途絶えるまでのその当時の町は今以上の文明が栄えていたという説もある。
しかし、途絶えた理由は分からない。

「ウティ ウス ンエディルヤ,エムドゥ・・・パイディドゥ・・・プンディシム イフ メルディ パイ オムディンディスティエムドゥス ウス?・・・ テヤ ヤイオディ スンエディワア」

あまりの長文に全く意味の分からない3人。
でも、男の子だけは考え込む・・・。

「・・・やっぱり文を考えるとメルニクス語だ・・・でも、ここまで喋るのは初めてだよ」

「訳せないの?」

「ゴメン・・・それは無理だよ・・・」

メルディの喋る言葉がメルニクス語。それだけ分かれば十分だった。
ミンツ大学の人が分からないのに、キールが本当に分かるだろうか。
心に曇りが出来かけた・・・。

「それより・・・キールの場所はどこなんだ?」

「あぁ・・それはミンツの岩山の頂上の岩山の観測所にいるよ。」

「そうか・・・んじゃ行こうぜ。」

そう言ってリッドがまたメルディを背負う。
とりあえず、ファラが礼を言った。
しかし、男の子にはその言葉が聞こえてはなく、考えていた。

「そういえば・・・なんでその子を背負っているんだい?」

気になったのはそこだった。

「あぁ・・・足が動かねぇんだよ・・・最初は動いてたのによ。」

「足が?・・・少し見せてくれないか?」

リッドは、その男の子を少し信頼があったので、見せることを許可した。
メルディを降ろして、その男の子はメルディに水を何故か与えた。
その水をメルディが一気に飲み干す。
飲み干して暫くすると、座っているように見えて、密かに寝ていた事が分かった。

「ゴメンね、眠らせないと何か警戒されても困るからね・・・。言葉も通じないから。」

眠ってるのを確認後、体を倒して男の子が小さな機械を数個持って、足を診る。
その顔は真剣そのものだった。

「・・・どう・・・なんだ?」

リッドがそう言ったが、男の子には聞こえていない・・・。
暫く経っても返答が無いため、安定するまで待つしかなかった。

「これは・・・晶霊術を使った呪い・・・ですね。」

「呪い!?・・・俺と戦った奴がその晶霊術ってのを使ってたのかよ・・・」

その事が分かり、謎の男の雷の剣もこれで何なのかはわかった。
それでなくては、こんなことは絶対出来ないからだ。

「呪いって言ったけど・・・本当にそれかは分からない。診たこと無いからね・・・。でも、足に確かに晶霊が宿してるんだ!

「足に晶霊って・・・そんな事できるの?」

「普通は・・・出来るはずがない。クレーメルケイジもない。それに・・・この晶霊は・・・闇?」

闇ならではの特性なのだろうか―。
男の子の中ではそう解釈をしていたが、何かパッとしないリッド。

「それは・・取れないのか?」

「さっきも言ったけど・・・診たこと無いから・・・でも・・・晶霊は相反する晶霊をぶつければ何とかなるかも知れない。」

闇の相反する晶霊は光。
しかし、男の子の話では光晶霊はミンツ大学にはいないようだ。
普通の光晶霊も滅多に現さないのだ。

「そうか・・・いろいろ教えてくれてありがとな。んじゃ、キールの所に行こうぜ。」

「あぁ・・・何とかキールと話をつけてきてくれ。」

大都市には、田舎のリッドとファラはすごいイメージもあったが、怖いイメージもある。
それは、都会という世界の違いから優しさを無くす・・・人が増えているからだ。
大学にいるということは何年もいるのだろう。
でも、都会に起きる心境の違いが出ていない人がいた。
二人のイメージはそんな怖いイメージを塗り替えた・・・。

きっと、キールも・・・。

そう思える心の隙間が出来た。





back                                                          next