岩山を見て一言・・・
キールの奴、良くこんな岩山登ったな。よくは分からないけど、何故かそう思った。
長年会っていないから普通は「やっと会える」とそんな感じなのかも知れない。
でも、頭の中にはそんな文字が全く出て来なかった。
幼馴染みなのに―。

「キール・・・ここにいるんだよね?」

もう一人の幼馴染みのファラ。
ある意味馴染み過ぎているけど・・・
でも、ファラとなら「やっと会える」って思えるかもしれない。
ファラにあってキールにない。
この不要な胸騒ぎは何だ・・・
軽く、自分の胸辺りの服に触れる。

「・・・」

リッドの口から言葉が出ない。
数秒程何故か頭の中は妙な胸騒ぎでいっぱいになっていた。
何かが、おかしい気がする。
そう、ずっと考えていた。

「・・・リッド?」

リッドの耳にやっと僅かだが声が届いた気がする。
いろいろ考え込んでる内に何もかも遮断してしまっていたようだ。
進むことも、声を出す事も、ファラの声も―。

「あ・・・何だ?」

今頃ハッ、っと目覚めたかのように返答する。
こんな返答をしてしまったせいか、ファラの顔がムスっとしていて怖い。
その後、ファラが先頭に少し足を踏み入れた。

「ホントに・・・リッドは一人で何でも抱え込むんだから・・・」

気づいていた?―。
流石幼馴染みと思ったが、それと同時に心に踏み込まれる嫌な感覚もよぎった。
ミンツの前で自分がやってしまった時もファラの心はこんな気分になっていたのだろうか。
でも、構ってくれるのは心配して貰っている。
それだけで・・・十分だ。嫌な感覚があっても―。

「・・・一人で何でも頼まれちゃうファラも一緒だろ。」

「・・・ふふ・・・そうかもね。」

足を踏み入れて、最初に思ったのは、足場が安定していない。この足場が続くとなると、休む場所も取れないかもしれない。
辺りも、岩がゴツゴツしている場所が多く、たまにガラガラ、と岩が崩れている音がする。
キール並に考えて人が来ないようにしているかも知れない。
確かにここなら、人も全く来ない。

「こんな人気の無い場所に変なの作りやがって・・・キールめ・・・」

軽くイライラがリッドに募る。
上を向いてみても、岩だらけで家のようなものが全く見えない。
そこに居た鳥が鳴き騒いでおり、イライラが更に募る。

「しょうがないじゃない・・・キールはミンツから追い出されて、人と関わりたくなりたいんだと思う。」

「どう考えても・・・それだけとは思えねぇな。」

リッドが1歩踏み出した途端、足場が沈んだ感覚がした。
その感覚に神経が囚われている間に、目の前に風が通った。
何が通ったかわからないリッドが腰を地面につける。
幸い、その地面はそこまで岩がゴロゴロしてないので、手を切ってたりはしていなかった。
普通の状態に戻った所で辺りを見回すと矢がリッドの横に落ちていた。

「あ・・・あっぶねぇ・・・」

その矢を見て、少し顔を青ざめる・・・。
後3センチずれていたら、当たっていただろう。

「うん・・・キール、ホントに誰も入れさせない気なのかな・・・」

「ったく、キールの奴め・・・」




ピー、ピー
とある研究所のような場所でよく分からない音がする。
辺りは結構パッと見て本で散らかっている。その部屋の中心に巨大な望遠鏡がある。

「・・・ん・・・誰だ?」

その人の目の前には画面のような物が何個も並んでいる。
そこに写っていたのは、何故かリッドとファラとメルディ。

「ミンツ大学の人だな・・・私服で来ても僕にはバレバレだ・・・」




「さっきから、罠だらけで気味が悪いぜ・・・」

岩落とし、針、風の刃など罠だらけのため、この岩山が遠く感じる。
まだ、最初にいた鳥がリッド達の上を飛んでいる。

「あっ、リッド!あそこ!」

ファラの驚きの声にリッドがそっちに向く。
空を見てみると、煙のような物が見える。

「・・・あそこか?」

「多分、そうだと思う。」

「やっと見つけたぜ・・・キール・・・」

リッドが一気に走って岩山の登り切る。
軽く息を荒げながらも、目の前に小さな家が見えた。
無言になりながら、扉をコンコン、と叩く。
良く見ると、鍵が掛かっていなかったため、ファラを待つことすらせず、一気にガチャ、っと扉を強引に開ける。
リッドが中に入った頃、やっとファラも頂上に着く。

「おい!キール!いるんだろ!?」

暗い部屋の中で、リッドが少し怒りが入り混じった声で叫ぶが無残にもその声が返ってこない。
その声を聞いてファラも部屋の中に入る。

「・・・居ないのかな・・・?」

電気をつけようとして、壁を触ってみるが、電源が見つからない。
とりあえず、電気をつけて、キールが帰るまで待とうとした時、いきなり電気がついた。

「僕は絶対帰らないと言っただろう!大体、そっちから出て行けって言っておきながら、僕に助けを求めるなんで、僕が不公平だ!いくら私服だからって、騙されはしないぞ!そんだけで僕を・・・」

「・・・キール?」

その瞬間、荒れ狂うように進められた口が止まった。
リッドとファラを見て、口だけではなく、全てが止まった感覚がした。
その代わり、幼馴染みとの思い出の歯車が動き出したような―。

「やっぱりキールだ!覚えてる?ファラだよ! ホントに10年で変わったねー!」

ファラの顔は普段では絶対に見せることが全くない位鮮やかに見えた。
笑顔には全く曇りがない。純粋な笑顔だ。
そして、その場でキールだけが唖然としている。
それもそうだ。キールは3人が来る事など知らない・・・いや、知るはずがなかったからだ。

「・・・ファラか・・・。それじゃぁ、そっちがリッドか?」

「そうだよ・・・よくもあんな罠仕掛けやがったな・・・」

リッドの頭の中は、今は罠へのキールの恨みでいっぱいだった。
しかし、キールはそう思われていると分かっていながら、謝りはしなかった。
二人のライバルという心は消えていない。

「それより・・・いきなり何の用なんだ?僕は忙しいんだ。」

忙しいとは言っているとはいえ、喋り方まで早かった。何でも知っていそうなキールだからそうなっているのだろうか。寿命という短い期間での。
幼馴染みなんだから、それくらいは我慢してやれと、思いつつ軽く聞こえない音で舌打ちをする。

「え〜っと、それはね・・・」

ファラがいままでの事を話す。口は柔らかとキールよりゆっくりに感じだ。
キールが急いでいるので、なるべく手短に話す。
リッドだけが知っている所もあったが、それは、キールには全く伝えなかった。やっぱりさっきの恨みだからだろうか。
急いでいたと普通に自分が言っているが、飛んできた機械、メルニクス語といろいろと不思議な事が出てくるため、目が輝くように興味津々だ。

「ふむ・・・要するに、僕にこのメルニクス語を解読して欲しいと・・・」

キールの顔はまさに真剣な顔をしている。
さっきまでとは全く違う。
やっぱり、知らない事には誰だって気になってはしまう。

「トゥヤ パイディドゥ・・・ドゥイ ヤイオ オムドゥンディステムドゥ?」

その言葉に3人が無言になる。
キールの姿を見て、無理かと思われたが、メルディの手をいきなり引いて奥の部屋に入る。
入った瞬間、手を離して辺りに本棚を一斉に調べ始める。
その姿をメルディは眺めているだけだった。
その、紫色の目で―。

「あった・・・さて、早速聞いてみるか・・・」

本をペラペラ、とめくり始める。
表紙をリッドが見てみるとnalvoksと書いてあり、良く分からない文字がある。
こういう事は、キールにしか分からない。見ているだけしかなかった。

「トゥヤ・・・メトゥン・・・クンル・・ル ヤイ、オ パアイ?」

キールが、本を読みながら、喋っている。
発音はぎこちなかったが、何となくな感覚でメルニクス語を言っているのだろうと思った。
しっかりとやろうとする試みは昔と変わってはいない。
10年経っても、変わりはしない。

「ウ エトゥ メルディ  エ ワイトゥン フディイトゥ セレスティア!  プルンエスン!  ウ ムンンドゥ ヤイオディ アンルプ!  ティイ セヌン ティアン パイディルドゥ!」 

発音は、断然こっちの方がよかったが、全く分からない。
喋り終えた瞬間、本をまたパラパラ、とめくり始める。
額からは、少し汗が見える。
暫く見ていると、キールの手が止まる・・・。

「・・・固まった・・・な。」

何故か冷静そうに言う。
辺りは完全に凍結したように静まった。
その空気の中心にキールがいる。

「・・・う・・・うるさい! 初めてで出来る訳ないだろう!」

確かに、そうだ。
そんな天才が居るわけがない。
いるとしてもキールな訳がないと・・・。

「それじゃぁ・・・どうするの?」

いつもとは1段階程音程が下がる。
ここに来るまでは、ある意味これだけが全てのようだったからだ。
キールを追うためにラシュアンからやってきたと言う苦労を忘れられるわけがなかった。
あんな傷ついた闘いのことも―。

「す・・・少しメルニクス語を理解しないと無理だな・・・一人にしてくれ。」

頭の中がモヤモヤ、な状態のまま3人が部屋を出て行く。
とりあえず、今は待つしかないため、リッドはそこらにあったソファーに寝転がる。
上を見上げても、空は見えない。それは仕方ない事。
空の代わりと言うくらいに、何かが頭の中に入っていった・・・。

キール、リッド〜!―。

おっ、ファラか。今日は何するんだ?―。

・・・んじゃ今日は、森の奥に行こうか!―。

また、俺とキールの追いかけっこか?絶対勝つけどな―。

それは、やってみないと分からないよ!―。

相変わらず負けず嫌いだな。完全に負かしてやるよ―。

しょ・・・勝負だ!―。

んじゃ、行くよー! よーい・・・―。

ドン!―。

10年・・・いや10年より前かも知れない。
その時の会話が未だに忘れられない。
ライバルだから?・・・それとも・・・
友達だから?―。

「トゥヤ ティアウムグ・・・ドゥイ ヤイオ オムドゥンディステムドゥ?」

その言葉からまずメルディと思ったが、声が何倍にも暗い。
体をゆっくりと持ち上げると、本を持ちながらだったが、そこにいたキールがさっき喋っていた顔とは全く違って少し自信が溢れている。
まだ、あれからそこまでという刻は経っていない。一瞬、キールが天才だからかと思ったが、無理やりその思念を頭を振って忘れようとする。
それだけで忘れられるなら、誰も苦労しない。誰も今までの悪い事を忘れることは出来ない。
やっぱり消せず、暗そうな目でキールを少し睨んだ。

「私にも、わからないけどキールも頑張ってるんだよ。」

一人きりだったリッドにファラが寄って来る。一人くるだけで、雰囲気が結構変わる物だ。
そして、リッドの横にさりげなく座る。

「そういうところは、10年経っても変わらないんだねー。私達もそこまで変わってないけど。」

私達も?―。
その言葉に、少し引っかかった。
言い出そうとしたが、口が開かない・・・何かが止めるように。
そして、そこで話が止まり、数秒の音のない感覚が続いた。

「なぁ・・・」
「ねぇ・・・」

二人同時に口を開き、一瞬二人とも心が揺らいだ。

「な・・・なんだ?ファラ。」

「リッドこそ・・・何?リッドから言ってよ。」

「いや・・・俺は・・・ただ空気を変えようと・・・」

そのリッドの焦り方に、手を口に当てて軽く笑う。
それだけでも、空気が変わった気がする。

「ほーんとに、昔からこんなんばっかりだよねー。」

そういえば・・・。
昔から、こういう事が多かった気がする。確かに。
しかし、思い詰めていたのはその時だけで、翌日には忘れてしまう日々ばかりであった。

「・・・幼馴染みの国境を越えて、家族みたいな・・・」

家族という言葉に更に心が揺らぐ。
国境を越えるのは、結婚でもしない限り不可能だが・・・想うだけなら、越えることも―。
今度は、リッドが軽く笑う。
その言葉に笑われたと思ったファラが軽く怒っているように見えた。

「・・・そうかもな。」

その時、体の中にあった炎が消え去ったように寒気を感じた。
本人にとっては、そこまで大きく言ってはいないと思っていた。
昔、リッドから同じようなことを言われて更に仲良くなったことあるが、今の歳でこう言われると違う感覚がする。
口を閉じないまま、また無言になった。今度のこの雰囲気は壊せそうにない。

「・・・ウティ パエウティ・ス エム、ドゥ。」

また、言い方が固くなっているキールの姿があった。
その言葉を言った後、本を閉じて二人の方に寄って来る。
話してる間、キールの大きな声が聞こえているところがあったが、その言葉をリッドは無視していた。

「全然ダメだな・・・まだ理解できそうにない。」

キールのその顔はさっきと違って、最初と同じような顔になっていた。
さっきまでの自信の顔は雲の上へと消えてしまっている。
その姿を呆れたかのようにリッドが見つめる。

「ダメって・・・なんでだよ?」

当然のように、理由を聞いてくる。
しかし、ラシュアンから今までずっとキールに頼ってきた事であって、ここで無理と言われればそうなるのも分かる。
そんな事はキールは知らない。

「まず、言葉の文法だな。この国の言葉とは全く違うからだ。そして、この言葉は失われた言葉だからな。いくらミンツ大学の僕でもそこまで問題が山積みになると、流石に不可能だ。」

平然とした顔でキールが喋っている。
リッドにとっては、その普通の顔で何でそこまで言えると、軽く目が下がる。
その落ち込んでいる顔を見ているのはメルディだけだった。
しかし、見えていたとしても、全く内容のわからないメルディは、無理に手を出さないほうがいいと思い、リッドと同じような顔になる。

「・・・だから、今からモルルに向かいたいと思う。」

モルル?確かあの巨大な木の―。
その言葉に二人が唖然としている。

「ちょ・・・ちょっと待てよ!モルルって、もう大陸が違うじゃねぇか!どうやっていくんだよ!」

無理やりなキールの提案に腹を立てるリッド。
しかし、その怒りをキールが軽くもみ消す。

「最近明らかになったんだが・・・地下洞窟があって、そこを通るといけるらしい。・・・発見されたのは黒点が出てきてからだな。」

大陸が繋がっている?
普通、離れた大陸が地下を通じて繋がっていることはない。
軽く手を頭に触れて考えてみるが、妥当な答えが出てくるはずがない。

「黒点・・・って?」

さっきのリッドの言葉から、やっと立ち直った。
そう言われてみれば、そうだ。ラシュアンの森の飛行物体と同じくらい不明だった。

「あぁ、言ってなかったな。・・・これの望遠鏡を見てくれ。」

そう言われて、真っ先にリッドが望遠鏡を覗き込む。
見えるのはインフェリアとセレスティアの鎖とも言われているオルバース海面。
空の上なのに、海があると言うセレスティアと同じく不思議な場所。
その中心にセイファートリングが存在し『神の輪』とも呼ばれている。
行く方法も、原理も不明である。

「・・・オルバース海面・・・だよな?」

「あぁ、ちょっと待ってくれ。」

望遠鏡を後ろの方に回りこんでカチカチ、と何かを回す音がする。
その音を気にせず見ていると、オルバース海面のセイファートリングの中心に黒い物があった。

「・・・これのことか?黒いのって・・・」

「あぁ、そうだ。これが出てきてから、インフェリアの地形、海上、季節 全てが少しずつ狂い始めているんだ。」

そういわれて、望遠鏡から離れて改めて空を見ると、黒い部分が僅かだが見える。
二人には、疑問だけが増えていくだけだった。

「・・・んじゃ、早くモルルに行かないといけないね。」

「あぁ。コイツなら、何か知ってると・・・」

「メルディだよ!。」

「あ・・・あぁメルディなら、何か知っている・・・はずだ。」

二人は、必死になって、救おうとしている。
でも、リッドだけはその必死は出てはいなかった。
一人だけ何か仲間外れのような―。

そんな事は、二人が考えないまま、新しくキールと一緒に、岩山を降りていく。




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